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気がつけばソーイング沼にハマった黒やぎが綴る、縫い物の記録&時々その他。夢は桃やぎ服量産。

North to the Orient

古本屋さんで、アン・モロウ・リンドバーグの本を買いました。

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アン・モロウ・リンドバーグは大西洋単独無着陸飛行に初めて成功したチャールズ・リンドバーグの妻で、一般にはエッセイ集「海からの贈り物」の著者として知られている。
副操縦士として夫とともに各地を飛行、その際の見聞録も発表しており、「North to the Orient」は北米から日本・中国へと至る調査飛行についてまとめた、初の著作である。

この作品のことは、須賀敦子さんの読書エッセイ「遠い朝の本たち」で知った。
興味を惹かれて当時の職場近くにあった図書館で検索したところ、1935年(昭和10年)に出版された翻訳本「北方への旅」を所蔵していることがわかった。
早速借りてみると、日本語表記は旧仮名遣い、横組みの文字は右から左に書かれ、出版社の所在地は「東京市芝区新橋七丁目」と、時代を感じさせる古~い本だった。
しかし読み慣れると古さは気にならなくなり、むしろアンのみずみずしい感性や生き生きとした描写に引き込まれ、須賀さんの印象に長く残ったのもうなずけるのだった。

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その後2002年(平成14年)になって、「翼よ、北に」というタイトルで思いがけず新訳本が出た。
2001年にアンが亡くなっているので、それも関係あるのだろうか。

最近、ふと気になって例の図書館に問い合わせたところ、貸出は不可だが閲覧はできるとのこと。
カウンターで本を受け取り開いてみると、奥付に貸出シールが1枚だけ残っていて、1998年と2002年の2回、貸し出された記録がある。
私が借りたのは、たぶん1998年の方だろう。
2002年に借りた人は、新訳本を読んで興味をもったのだろうか。

で、興味ついでに古本ネットを検索してみたら、この昭和10年版を扱っている古書店があったので、思わずポチリ。
さらにいろいろ調べてみたところ、1942年(昭和17年)にも別の翻訳本が出ていたことがわかり、これまた古本ネットで販売されていたので購入した。

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昭和10年版。
図書館の本も古かったが、これも相当年季が入っている。
まあ戦前の本だから当然か。
しかし、つや消しシルバーの紙に飛行機の線画をあしらった装丁は、今見てもなかなかセンスがいい。
装丁を担当したのは出版社の社員だった山村一平という人で、独立後はカメラマンとして活躍したらしい。
また翻訳者の深沢正策という人は、大久保康雄と同時期に「風と共に去りぬ」の翻訳も手がけたことがあるそうな。

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昭和17年版。
こちらはタイトルが「東方への空の旅」に変わっている。
翻訳者は村上啓夫という人で、アガサ・クリスティやクロフツなどの本格ミステリも翻訳しているので、それと知らずに読んだことがあるかも?

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こちらもなかなか洒落た装丁で、すでに太平洋戦争が始まっていた時代にこういう翻訳本をよく出せたなあと、不思議な気がする。

というわけで、同じ原作に対し3つの翻訳本が手元にあるのだが、最初に読んだ本ということもあって、自分としては昭和10年版が好み。
昭和17年版と平成版は文体が「である調」なのに対し、昭和10年版は「ですます調」で、この作品に関しては後者の方がしっくりくる。
旧仮名遣いで訳文も少々古めかしいが、全体のトーンは3冊の中で最も軽やかで、アンという女性の好奇心やユーモア、それに控えめで温かな人柄がよく伝わってくる。

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ところで、須賀敦子さんのエッセイで印象に残ったくだりに、「夫妻の操縦する飛行機が(千島列島に)不時着した」場面がある。
何とか着陸できたものの、場所はわからず無線連絡もままならず、死をも意識するような状況に置かれることしばし、やがて人声が聞こえてきて、自分たちが救助されたことを知る、というものだった。

しかし原作を読むと、確かに危険をともなう不時着ではあったが、場所はおおよそ把握できていて、また着陸後は根室通信局との無線を再開、先方から救助の申し出があったにもかかわらず、むしろ断っている。
結局は通信局が好意で差し向けてくれた救助艇に大いに助けられることになるのだが、それも機内で一晩すごした翌朝の出来事で、時間軸にかなり差がある。

須賀さんは子どもの頃に読んだ際の記憶だけを頼りにエッセイを書いたそうなので、内容に齟齬があっても別に不思議はない。
ただ不時着した2人の、世界から隔絶され生死の境目に置かれた様子があまりにも鮮やかに描写されていたので、原作を初めて読んだ時は「え、そんな場面ないけど???」とずいぶん戸惑った。
須賀さんは原作ではなく少年少女向けの全集で読んだらしく、「ひょっとして全集では該当場面がドラマチックに脚色されていたのだろうか???」と思ったり。

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で、これまたネットでいろいろ調べてみたら、最初の翻訳本が出た翌年の1936年(昭和11年)に、「世界名作選-日本少国民文庫」という本が出版されていることがわかった。
子ども時代の須賀さんが読んだのは、たぶんこの本ではないかと思われれる。
うまい具合に1998年に復刻版が出ていたので、早速図書館で借りたところ・・・・・・タイトルは「日本紀行」に変わっているが、内容は昭和10年版の翻訳書「北方への旅」を転載したもの(ただし一部抜粋)で、例の場面は当然ながら原作通りだった。うーむ。

ご本人亡き今、本当のところはわからないが、不時着のエピソードが長く記憶にとどまるうちに、須賀さんの中で新たな物語が紡ぎ出された、ということなのかもしれない。
私なんぞはその物語に魅せられて原作を読んでみようと思ったわけで、さすが須賀さんという気がする。

ちなみに、この全集の編集には石井桃子さん(児童文学作家。「ノンちゃん雲に乗る」など)も関わっていて、アンの作品を推薦したのは石井さんだったらしい。
えーとつまり、原作を読んだ石井さんが全集に推薦して、その全集を読んだ須賀さんがエッセイを書いて、そのエッセイを読んだ自分が原作を読んで、回り回ってまた全集に戻ってきた、ということか。
作品のもつ力はすごいなあ。

初めて原作を読んでから早20年(汗)、心の片隅に引っかかっていた疑問が一応の解決をみて、いろいろすっきりしました。

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Commented by chocotto-san at 2018-04-11 14:03
黒やぎさん、とても興味深く読ませていただきました。
黒やぎさんは、探究心が溢れていていいですね!この探究心が、「お宅活動」を活発化させているのだと改めて知りました(笑)
ところで、まず、まぁ、目の付け所が渋いと言いましょうか、カッコイイです。須賀敦子さんを、そもそも、存じ上げていなくって、私だったら、その方のエッセイにも、なかなか辿り着かないとは思うのですが、肝心の須賀さんが、原作を読んでいない(予想)のに、須賀さんに感化された黒やぎさんが、原作の翻訳本を3冊も集めて読んでしまうなんて、なんだか、面白いものですね。須賀さん、原作、読んでから、エッセイ、書こうよ、と思わなくもないのですが、まぁ、ヒトって、案外、そんなものかもしれませんねー。(←上から目線、笑)
この間まで、「花子とアン」の再放送をやっていて、それを見ていたら、確かに、太平洋戦争の時って、翻訳本を出せる状況じゃなかったみたいだったから、翻訳家の方の熱意も伝わります。冒険モノも、翻訳本も、私の中では、遠い存在だったけど、旅好きな黒やぎさん、語学好きな黒やぎさんには、ぴったりな題材だったのかな?! この黒やぎさんレポ、そのまま、世の中に発表してほしい。っていうか、もう、これ、立派な発表の場ですよね。私のブログが恥ずかしい・・・(笑)
Commented by kuroyagie at 2018-04-11 15:57
chocottoさん、こんにちは~

原作読んだ20年前に調べろよ、って感じだけど、あの頃はまだネットが普及してなかったからな~と、自分で自分に言い訳してみる。でも、以前に一度調べた時はうまく検索できなかったので、こういうのもタイミングかもしれないね。ハハハ、確かにこれも一種の御宅活動だね! 古書は一度売れたらおしまいなので、ついポチってしまいました。

須賀敦子さんはどハマりして、あれこれ読みまくってた頃にお亡くなりになって、ショックだったなあ。今調べたら、ちょうどアンの原作を借りた1998年に亡くなってる・・・
あ、ごめん、私の書き方が悪かったですね、須賀さんもちゃんと原作を読んではいるの。ただ、原作まるごと1冊じゃなくて、その一部(日本に関する部分)を転載した全集の方を読んだみたいです。なので、須賀さんが読んだのも私が読んだのも、同じ昭和10年版の翻訳本からの文章です(たぶん)。エッセイ執筆時には原作にあたることも出来たみたいなんだけど、あえて子どもの頃読んだ記憶だけに基づいて書いたようで、そのために却ってあれだけリアルな描写になったのかも?と、個人的には思ってます。そのお陰で、アン・モロウ・リンドバーグにもしばらくどハマりして、あれこれ読みまくりました。そうこうするうちにやっぱり亡くなっちゃって、ショックだったなあ。

誤解を与えてしまってごめんねー。正しくわかりやすく伝えるって難しい・・・と反省中。記事もちょっと修正しました。わざわざコメントくれて、どうもありがとう!
Commented by chocotto-san at 2018-04-11 18:59
きゃー、私の方こそ、ごめんなさい!須賀さんが「子供向け全集だけ読んだ」ってことを書きたかったの!一度、原作に当たってからエッセイ書いてくれ〜、それで済ますな〜、みたいなことを思って、コメント書きましたー(苦笑)。なので、黒やぎさんの書いていらしたこと、ちゃんと、理解できてたよー!!私の書き方こそ、分かりにくかったーと反省です!

っていうか、そっかー。そもそも。子供向けといえども、別に曲解されてるわけではなかったんですもんねー。(そもそも、そこを勘違いしてました!)

須賀さんのことを、現代に生きる黒やぎさんが、こんなに、一生懸命、考えてくれて、あの世で、須賀さんもアン・リンドバーグも喜んでいると思う!
そして、そんな謎解き(?)がちょっとしたミステリーみたいで楽しい読み物でした♩本当に、こちらこそ、ごめんなさい!
Commented by Freni at 2018-04-11 21:22 x
黒やぎさん、今晩は〜♪

なんだか、偶然すぎて怖い…(何がw)。先日星野博美さんのweb岩波更新を楽しみにツィッターにお邪魔したら、須賀さんと親交が深かった方が出した本に星野さんが解説を寄せたとの宣伝がありまして。そんな私はまたイタリア回帰(年甲斐もなくフルラのピンクバックを買ったり…お勉強してないやっ!笑)しているのもあって、その本も含めて須賀さんの本読み返してみようかなぁ、なんて思っていたところで(塩野七生さんはすぐに挫折しちゃうのでw)! 豊かで重厚な人生を歩まれた須賀さんは、女性の憧れですよね。リンドバーグ夫人もそうなのでしょうね?

古本と言ってもこんなにも味のある装丁、昭和17年はまだカラー刷りの余裕があったんですねー。絵の感じもカラーの配色も全く古さ感じませんし、横書きを右から読ませるのも、今でこそ新しく感じたりして。貴重な本が拝見できて嬉しいです、黒やぎさんgrazie mille!!
まずは、黒やぎさんが読まれた「遠い朝の本たち」はお恥かしながら読んでいませんので、これからいきましょうか!折しも、今年は須賀さんの没後20年(星野さんはその為の告知でもあり)、我々は須賀さんに導かれたのでしょうか⁈(笑)
みすず書房LOVE♡
Commented by kuroyagie at 2018-04-12 12:41
chocottoさん、わざわざありがとう~

昨日エッセイをよくよく読み返してみたら、原作はあえて読まなかったんじゃなくて、入手するつてがなかった、のまつがいでした。重ね重ねごめん! 初出が1992年なので、3つめの新訳本はまだ出てないし、他は原作も全集もとっくに絶版になっていて、確かめようにも出来なかったと思われます。今ならネットでいろいろ調べられるけど、90年代はアナログな方法しかないもんね。あーーーいかんいかん、話を捏造してしまった(反省)。

そうそう、子供向けといえどオリジナルのまま掲載されてるんだよね。私が小中学生の頃に読んだ世界名作全集は、それこそ曲解されたリライト版だったので、これもそういうたぐいの全集なのかと思ってました。

須賀さんはあの世で「いや、そこはそうじゃなくて!」とご立腹されているかもしれない(笑)。エッセイと原作との違いはきっと誰かがそのうち書くだろうと思ってたんだけど、知ってる限りでは誰も書いてないんだよね。なんでだろ。・・・もしやアンタッチャブルな話題とか!?
Commented by kuroyagie at 2018-04-12 12:45
フレーニさん、こんにちは~

えええ、そんな偶然が!? 星野博美さんも好きな作家ですが、解説のことは知りませんでした。読まなくちゃ! んで、フレーニさんも須賀さんの本を読んでたんですね。そうそう、須賀さんといえばイタリア、それも「鉄道員」とか「自転車泥棒」のかほりがするイタリアですよね(って例えが古すぎ!?)。

リンドバーグ夫人は愛児誘拐事件とか夫のあれこれ(何)とかいろいろあって、そりゃもう激動の人生だったらしいです。どちらかというとシャイな方だったようですが、物事に対する視点というか感性が素晴しい。記事では触れませんでしたが、「さようなら」についての考察とか、深いわ~としみじみ(それに対する須賀さんの考察も)。スルメみたいにじわじわくる文章を書く方です。

昭和17年版の存在は今回初めて知ったのですが、時代を考えるとすごいですよね。昭和10年版も、アンの写真をアレンジした紙カバーがついていたようです(それも売ってたけどお高いのでやめた)。え、grazie mille!? えーとえーと・・・いいってことよ!(ちょっと違)

もう没後20年かぁ・・・小説を書く構想もあったようで、今回のエッセイを読んでいるとストーリーテラーとしての才能も感じられ、早くに亡くなられたのが本当に残念です。私も久しぶりにじっくり読んでみようと思います。
by kuroyagie | 2018-04-11 13:08 | いろいろ | Comments(6)

気がつけばソーイング沼にハマった黒やぎが綴る、縫い物の記録&時々その他。夢は桃やぎ服量産。


by kuroyagie